文化 / 2026.05.05 18:55

抹茶ブームは、日本産の価値を守る市場設計の問題になった

市場ルール作りの始まりとして読むべきだ。

抹茶ブームが市場設計の問題になる構造図

抹茶ブームは、売れるほど市場を壊す局面に入った

国内外で抹茶ラテや抹茶スイーツの需要が広がるなか、International Matcha Associationと国内主要茶商社38社が、世界の抹茶市場の健全な発展に向けた共同声明を出した。背景にあるのは、単なる価格上昇ではない。日本産抹茶が世界のカフェ市場に組み込まれたことで、供給量、品質表示、価格形成、ブランド保護が同時に揺らいでいることだ。

抹茶は茶室で飲む高級品としてだけでなく、ミルクや砂糖と合わせる外食原料になった。すると、消費者が求めるものは「日本産の伝統」だけではなく、安定した味、十分な供給、チェーン店で使える価格、わかりやすい表示になる。日本側がここに応えられなければ、需要そのものは残っても、日本産が主役でいられるとは限らない。

このニュースの読みどころは、抹茶の人気が続くかどうかではない。日本の茶業界が、世界市場の入口に立ったあと、品質と供給のルールを自分たちで作れるかである。

供給制約は、畑の面積だけでは説明できない

抹茶の原料となるてん茶は、この10年で増えてきた。それでも供給が楽にならないのは、普通の茶葉をすぐ抹茶向けに変えられるわけではないからだ。てん茶は被覆、摘採、乾燥、仕上げ加工の工程が異なり、品種や設備も必要になる。茶園を作り替えても、安定して収穫できるまでには時間がかかる。

つまり、今日の需要増に来月の供給で応えるような商品ではない。カフェチェーンや海外小売が短期で需要を増やしても、生産側は数年単位でしか追いつけない。この時間差が、価格高騰と品質のばらつきを生む。

価格が上がるだけなら、生産者にとって追い風にも見える。しかし価格が飲食店の採算を超えると、買い手は使用量を減らすか、より安い代替品へ移る。高値は利益ではなく、出口市場を失う引き金にもなる。

中国産の台頭は、品質競争ではなく用途競争を意味する

日本産抹茶の強みは、香り、色、きめ細かさ、茶文化と結びついた信頼にある。一方で、抹茶ラテや加工食品の市場では、消費者が細かな産地差を見分けにくい。ミルクや砂糖と混ざれば、価格、安定供給、調達しやすさの比重が上がる。

ここで海外産、特に中国産の抹茶が入り込む余地が生まれる。日本産が高すぎ、しかも十分に手に入らないなら、カフェや食品メーカーは用途に応じて切り替える。これは「本物か偽物か」の単純な話ではなく、用途別に市場が分かれる話である。

日本側が守るべきものは、すべての用途で日本産を使わせることではない。高品質品、外食原料、加工向け、日常向けを分け、それぞれで表示、品質、価格、供給の基準を整えることだ。

共同声明は、業界の防衛ではなく市場ルール作りの合図だ

38社の共同声明を、値上がりへの悲鳴として読むだけでは足りない。重要なのは、業界が横断的に「抹茶とは何か」「日本産の価値をどう守るか」「安定供給をどう続けるか」を示そうとしている点である。

世界市場で名称や品質基準が曖昧なまま広がれば、安価な粉末や品質の低い商品も同じ抹茶として流通しやすくなる。短期的には市場が広がって見えるが、長期的にはブランドが薄まり、消費者の信頼を失う。

だから必要なのは、人気に乗って量を追うことではない。何を日本産抹茶として売るのか、どの用途にどの品質を出すのか、価格上昇をどこまで買い手と分担するのかを明確にすることだ。共同声明は、そのための市場設計の始まりとして読むべきだ。

焦点は、価格よりも取引のルールだ

今後の焦点は、抹茶の価格がさらに上がるかだけではない。日本産と海外産の表示がどこまで明確になるか、飲食チェーンがどの品質帯を採用するか、生産者に長期契約や設備投資の見通しが与えられるかである。

もし市場が短期のスポット取引に寄れば、価格は乱高下し、買い手は安い代替品へ流れやすくなる。逆に、用途別の基準と長期取引が広がれば、日本産は量で負けても、信頼と品質で市場を取りに行ける。

抹茶ブームの次の局面は、流行の強さではなく、ルールの強さで決まる。日本の茶業界に必要なのは、世界需要を喜ぶことだけではなく、世界市場の中で日本産が選ばれ続ける条件を作ることだ。