景気・通商 / 2026.08.23 05:36

都心オフィス高騰と宿泊需要の選別が同時に進む理由

都心オフィスは空室不足で賃料が上がり、宿泊は訪日客数と延べ宿泊者数の伸びが鈍る。用途別のキャッシュフローと金利耐性を分けると、明るい不動産ニュースと警戒材料が同じ日に並ぶ理由が分かる。

景気・通商の図

都心オフィスの賃料は上がり、宿泊の泊数は弱い

足元の不動産市場で起きているのは、単純な好況でも失速でもない。東京Aグレードオフィスは2026年第2四半期に空室率0.8%、平均月額賃料は1坪42,109円となり、前年同期比16.4%上がった。東京のオールグレード空室率も1%台前半にあり、グレードアップ移転、館内増床、好立地への集中が賃料を押し上げている。

宿泊側の数字は違う絵を描く。2026年7月の訪日外客数は344万2,100人で、7月として過去最高ながら前年同月比は0.1%増にとどまった。宿泊旅行統計では、5月の延べ宿泊者数が5,429万人泊で前年同月比3.2%減、6月が4,678万人泊で6.5%減だった。調査方法の見直しによる前年比への影響には留意が要るが、宿泊の実需には鈍さが出ている。

この差が意味するのは、不動産市場全体の強弱ではなく、用途別の需要変数が反対方向に動き始めたということだ。オフィスは稼働率と賃料、宿泊は訪日客数、国内旅行者数、宿泊単価、客室稼働率が収益を決める。同じ建物でも、支えている経済変数が違う。

賃料で金利を吸収できる資産に資金が寄る

オフィスの強さは、需要が賃料へ伝わり、その賃料が不動産価格へ移る経路で説明できる。企業が人材確保や出社回帰を背景に好立地・高品質ビルへ移る。空室が少ないため貸主は賃料を上げやすい。賃料が上がればNOIが増え、一定の利回りで評価される物件価格や不動産会社の含み益、REITの分配余力を支える。

ただし、この経路には上限がある。借入コストと長期金利が上がると、投資家が求める利回りも上がりやすい。賃料上昇がそれを上回る間は価格が保たれるが、金利上昇の方が速くなると、キャッシュフローが増えても評価倍率が下がる。都心オフィスの強さはかなり市場に織り込まれており、今後は賃料の伸びより金利耐性が問われる。

建設費も同じ方向に働く。鋼材、セメント、設備、人件費の上昇は新規供給を遅らせ、既存の優良オフィスには供給制約という追い風を与える。一方で、これから開発するデベロッパーには採算悪化となり、借入比率の高い案件ほど計画延期や規模縮小につながる。

宿泊は人数より単価と地域差が収益を揺らす

観光不動産の難しさは、人数だけでは収益が読めなくなった点にある。訪日客数は高水準を保ち、国内旅行消費額も2026年4〜6月期に7兆5,361億円、前年同期比11.7%増となった。消費額だけを見れば需要は残っている。

それでもホテル運営の採算は一様に強くならない。客室単価を上げられる都心・観光地の上位施設は売上を保てるが、人件費、清掃費、光熱費、修繕費も上がる。地方や中価格帯の施設では、国内客の価格感応度が強まり、外国人延べ宿泊者数の減少が稼働率に出やすい。

この波及は家計にも届く。宿泊単価が上がれば、家計は旅行回数を減らすか、近場・日帰り・低価格帯へ移る。自治体にとっては観光消費、宿泊税、交通利用、商店街売上の伸びが地域差を伴う。観光の減速はホテルだけの問題ではなく、地域の小売、飲食、雇用、財政へ遅れて伝わる。

得失は貸主、テナント、ホテル、自治体で割れる

得をしやすいのは、既に好立地のオフィスを保有し、低い空室率と賃料改定を収益に変えられる貸主だ。優良ビルを持つデベロッパーやREITは、賃料上昇が金利負担を上回る間、評価を維持しやすい。金融機関にとっても、稼働率が高く賃料改定余地のある担保は融資しやすい。

負担を負うのは、賃料上昇を受けるテナント企業、建設費高で新規開発を進めるデベロッパー、客数の鈍化を単価で補いにくいホテル運営会社だ。テナント企業は採用や働き方のために良いオフィスを欲しがるが、賃料は固定費になる。ホテルは需要が戻っても、人手不足で部屋を売り切れない制約を抱える。

自治体の制約も大きい。観光客を増やしたい一方で、混雑、交通、清掃、住民負担を放置できない。家計は旅行単価と日常物価の両方を受け止める。つまり不動産市場の明暗は、貸主と投資家だけの話ではなく、企業の固定費、地域の観光政策、家計の余暇支出を同時に動かす。

市場価格に入った強さと残った過大評価

市場がすでに織り込んでいるのは、都心オフィスの低空室と賃料上昇だ。REITや不動産株の評価には、優良オフィスのキャッシュフロー改善がかなり反映されている。ここからさらに評価が上がるには、賃料上昇が更新契約にも広がり、金利上昇で押し戻されないことが条件になる。

まだ十分に織り込まれていないのは、宿泊需要の地域差と金利上昇時の借換え負担だ。ホテルは高単価施設だけを見れば強く見えるが、延べ宿泊者数や稼働率が弱い地域では固定費の負担が残る。REIT全体を一括りに売る反応は過剰になり得る一方、オフィスの強さだけで全用途を高く評価するのも過大評価になり得る。

この見方が崩れる条件ははっきりしている。オフィス空室率が上がり、賃料上昇が止まり、同時に宿泊の稼働率とRevPARが地域を越えて回復するなら、明暗が割れるという前提は弱まる。逆に、長期金利が上がり、REIT価格のNAVディスカウントが広がり、訪日客数より延べ宿泊者数の弱さが続くなら、不動産市場の選別はさらに強まる。

9月日銀会合と訪日客数が次の分岐を作る

次の材料はGDP速報より早く出る。2026年9月17、18日の日銀会合は、長期金利、銀行の貸出姿勢、不動産の借換え条件を通じて価格の上限を決める。金利が落ち着けば賃料上昇が資産価値を支えやすい。金利がもう一段上がれば、オフィスの好材料もキャップレート上昇に相殺されやすくなる。

需要側では、月次の訪日外客数、宿泊旅行統計、企業の移転・増床需要、2026年下期と2027年竣工物件の内定率が分岐を示す。供給側では建設費と工期遅れが重要になる。供給不足は既存オフィスには追い風だが、ホテルや新規開発には採算悪化として返ってくる。

基本シナリオは、都心オフィスの強さが残り、宿泊は高単価立地へ選別される形だ。金利上昇シナリオでは、賃料が伸びても不動産価格の上値が抑えられる。観光失速シナリオでは、訪日客数が戻っても宿泊泊数と客室単価が伸びず、地方の雇用と自治体収入に弱さが出る。不動産市場の見方は、総額ではなく用途別のキャッシュフローに置き換わった。

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