景気・通商 / 2026.06.25 00:34

グリーンスパン死去で問われる「低金利の成功」の後始末

元FRB議長アラン・グリーンスパン氏の死去は、長期安定と信用拡張を同じ成功物語として語ってよいのかを問い直す機会になる。

グリーンスパン死去で問われる「低金利の成功」の後始末を示すニュースイメージ

死去で浮かんだのは、人物評より政策の型

アラン・グリーンスパン元FRB議長が100歳で死去した。1987年から2006年までFRBを率い、1987年の株価急落、1990年代の生産性上昇、アジア通貨危機、ロシア危機、ITバブル崩壊、9・11後の景気下支えを経験した中央銀行家である。

このニュースを単なる訃報として読むと、評価は「マエストロ」か「金融危機の遠因」かに割れる。だが、いま重要なのは人物の採点ではない。グリーンスパン期が残した前提、すなわち低インフレ、低金利、信用拡張、資産価格上昇を一つの安定として扱う見方を、現在の条件でまだ使えるのかという問いだ。

見方を変える点はここにある。景気が安定し、物価が落ち着いていても、リスクが消えているとは限らない。むしろリスクは、銀行の外側、住宅市場、証券化商品、ドル資金、家計の借り入れ余力へ移っていることがある。

動いた変数は、政策金利の外側にある

グリーンスパン氏の死去そのものが市場変数を動かすわけではない。動くのは、彼の時代をどう評価するかによって変わる政策観である。見るべき変数は、政策金利だけではなく、実質金利、長期金利、信用スプレッド、ドル相場、株価、住宅価格、家計債務、金融機関の自己資本、投資家のリスクプレミアムだ。

伝達経路は明確だ。短期金利が下がると資金調達コストが下がり、企業投資と住宅購入が増え、資産価格の上昇が消費を支える。金融機関は利回りを求めてレバレッジを高め、証券化やデリバティブを通じてリスクを分散したつもりになる。ところが価格が反転すると、信用収縮は雇用、企業利益、税収、政府の危機対応コストへ波及する。

海外にも同じ経路が走る。ドル金利とドル資金の条件は、新興国の資本流入、為替、商品市況を左右する。日本にとっては、米国需要が輸出と企業収益を支える一方、円ドル相場、海外債券投資、株式のリスク許容度を通じて家計と企業金融へ返ってくる。

危機対応の成功が、次の危機の種になる

グリーンスパン期の強みは、危機の初動で流動性を出し、パニックを実体経済へ広げない判断だった。1987年の株価急落後の対応や、1990年代後半の金融不安への対応は、中央銀行が市場の機能不全を止める役割を強く印象づけた。

同時に、その成功は別の期待を生んだ。市場が「大きく崩れればFRBが助ける」と考えるほど、投資家はリスクプレミアムを低く見積もり、金融機関は薄い備えで大きなポジションを持ちやすくなる。家計は住宅価格の上昇を所得の代わりに使い、企業は安い資金を前提に投資や自社株買いを組み立てる。

この構造の怖さは、損失の場所が遅れて変わることにある。最初は市場の調整に見える。しかし信用が詰まると、失業、税収減、金融機関救済、中央銀行の信認低下へ移る。危機対応は必要だが、救済期待が常態化すると、次の危機の規模を大きくする。

得をした主体と、負担を受けた主体

恩恵を受けたのは、資産を持つ家計、レバレッジを使える投資家、安い資本を調達できる企業、証券化や取引収益を伸ばした金融機関だった。政府も景気後退を短くし、低金利で債務負担を抑える効果を得た。

一方で、負担は遅れて別の主体に現れる。資産を持たない家計は住宅価格上昇に追いつけず、預金者は低金利で利息収入を失う。バブル崩壊後には、雇用の弱い労働者、財政を通じて負担する納税者、信用不安を処理する金融当局が重いコストを負う。

企業にとっても単純な追い風ではない。低金利は借り入れと投資を支えるが、資本コストを低く見積もりすぎると、需要が鈍った時に過剰設備と債務が同時に重くなる。金融の安定が長く続くほど、企業計画はその安定を当然の前提にしてしまう。

いまのFRBは同じ処方を使いにくい

現在のFRBがグリーンスパン期と同じように動けるとは限らない。制約は四つある。第一に、インフレ期待を再び不安定にすれば、利下げは市場支援ではなく物価への甘さと受け止められる。第二に、財政赤字と国債発行が大きい局面では、長期金利が中央銀行の意図通りに下がらないことがある。

第三に、政治圧力が中央銀行の独立性を揺らすほど、政策判断の信頼は細る。第四に、銀行規制は強まった一方で、リスクはヘッジファンド、プライベートクレジット、証券化市場など銀行の外側へ広がった。FRBが見える範囲で安全でも、信用収縮は別の場所から始まりうる。

だから焦点は、利下げするかどうかだけではない。資産価格の下落を景気悪化のサインとして扱うのか、過剰なリスクテイクの調整として距離を置くのか。その線引きこそ、ポスト・グリーンスパンの金融政策を読む鍵になる。

答え合わせは、次の声明文と信用指標に出る

今後の見方は三つに分かれる。第一のシナリオは、生産性上昇が物価を抑え、雇用も大きく崩れず、FRBが慎重に緩和できる展開だ。この場合、グリーンスパン期の教訓は、モデルに縛られず供給側の変化を読む柔軟性として残る。

第二のシナリオは、株価や不動産価格の調整が信用スプレッド拡大、銀行貸出の厳格化、延滞率上昇へ広がる展開だ。この場合、必要なのは市場価格を支えることではなく、資金市場の機能を守りながら、損失の所在を曖昧にしない政策対応になる。

第三のシナリオは、インフレが粘り、長期金利が高止まりし、財政負担も重いままリスク資産が崩れる展開だ。この場合、市場が期待する中央銀行の救済余地は小さい。次のFOMC声明と議事要旨、PCE・CPI、雇用統計、信用スプレッド、銀行貸出態度、家計の延滞率が、この三つのどこへ近づくかを示す。