安全保障・財政 / 2026.06.29 13:23

NATOの5%目標で、安全保障費は社会の固定費になった

NATOがGDP比5%の防衛・安全保障支出を掲げたことで、負担の中心は軍事費の増額から、インフラ、産業基盤、家計への配分に広がりました。

NATOの5%目標で、安全保障費は社会の固定費になったを示すニュースイメージ

2%の目安は、5%の国家運営目標へ広がった

NATOは2025年6月25日のハーグ宣言で、加盟国が2035年までにGDP比5%を防衛・安全保障関連支出に投じる目標を掲げました。内訳は、GDP比3.5%を中核的な防衛費に、最大1.5%を重要インフラ、ネットワーク、市民防護、技術革新、防衛産業基盤などに充てる構成です。年次計画の提出と、2029年の軌道・配分レビューも組み込まれました。

ここで変わった前提は、同盟の負担が「防衛費2%」という目安から、国家運営全体を巻き込む固定費へ近づいたことです。軍隊、装備、弾薬だけでなく、港湾、空港、通信、電力、サイバー、防災、産業基盤まで安全保障の会計に入るため、予算の競合は一段広くなります。

安全保障費の外側に、インフラと産業が入った

制度変更の本体は、軍事費の増額ではなく、安全保障費の範囲拡大です。最大1.5%の枠に入る広義の安全保障支出は、防衛省や国防省だけで完結しません。交通、通信、エネルギー、デジタル、災害対応、研究開発を担う行政機関や民間企業も、同盟の抑止力を支える当事者になります。

利益を受けるのは、防衛装備、弾薬、サイバー、通信、インフラ、素材・部品に関わる企業です。一方で、品質管理、情報保全、輸出管理、長期投資、人員確保の義務も増えます。自治体には施設整備、訓練、港湾・空港利用、住民説明の負担が生じ、家計には税、国債、他分野予算の抑制を通じた負担が回ります。

財源の選択が、家計負担と他予算を分ける

GDP比5%は、自然に生まれる財源ではありません。増税で賄えば家計と企業の可処分所得に効き、国債で賄えば将来の利払いと財政余地に効き、他の歳出を削れば医療、教育、地域インフラ、社会保障との競合が強まります。安全保障の必要性が高まるほど、政治は「何を守るために、何を後回しにするのか」を説明する責任を負います。

広義の1.5%枠は、各国に柔軟性を与える一方で、既存支出の付け替えを誘います。既に予定されていたインフラ更新やサイバー対策を安全保障費として計上すれば、数字は増えても新しい能力は増えません。逆に、追加財源で重要インフラ、備蓄、生産設備、人材を積み上げるなら、家計への負担は見えやすくなりますが、実効性も高まります。

企業には受注と投資回収リスクが同時に増える

3.5%の中核防衛費は、装備、弾薬、整備、訓練、部隊運用への需要を押し上げます。1.5%の広義支出は、サイバー、通信、港湾、空港、電力、物流、研究開発に需要を広げます。企業にとっては受注機会ですが、短期の売上増だけで評価すると誤ります。

防衛産業の増産には、設備、人材、部材、試験設備、セキュリティ体制への先行投資が必要です。単年度の発注が揺れたり、契約価格が物価上昇に追いつかなかったり、規格や輸出条件が不透明だったりすれば、企業は能力増強に踏み込みにくくなります。政策が実力に変わるには、複数年契約、共同調達、標準化、サプライチェーン金融まで整う必要があります。

自治体と行政能力が、予算を抑止力に変える

予算は、そのまま抑止力にはなりません。契約、納入、配備、訓練、維持補修、施設整備、人員確保まで進んで初めて能力になります。基地、港湾、道路、倉庫、演習場、通信施設が関わるため、執行の摩擦は中央政府の資料より地域の現場に現れます。

日本はNATO加盟国ではないため、5%目標の義務を直接負う立場ではありません。ただし、同盟国間で安全保障会計の範囲が広がると、日本の防衛費2%論にも、装備費だけでなく海空港、サイバー、重要インフラ、サプライチェーンをどこまで含めるかという問題が返ってきます。会計上の範囲拡大と、実際の能力増強を分けて考える必要があります。

2029年レビューは、会計上の達成と実力の差を映す

本当の対立は、安全保障を重視するかどうかだけではありません。能力目標を満たすための費用を、どの税、どの国債、どの歳出削減、どの企業投資、どの地域負担から出すのかという国内政治の対立です。同盟の約束は国際政治で決まっても、継続できるかは各国の議会、予算、税制、世論で決まります。

2029年のレビューまでに、各国の年次計画が3.5%の中核防衛費を実際の装備・即応性へ変えているか、1.5%の広義支出がインフラとレジリエンスを強めているかが分かれます。財源が曖昧で、既存支出の付け替えが目立つなら、5%目標は政治的な見出しに近づきます。財源、契約、納期、人員、施設がそろうなら、安全保障負担は社会全体の長期投資に変わります。