7.5%案で変わるのは、米中交渉の入口だ
米国が、中国の過剰生産能力を理由に中国製品へ7.5%の関税を課す方針と伝わった。9月に予定される米中首脳会談の前に出てきた点が重要で、数字以上に交渉の入口を変えるニュースになっている。
これまでの米中交渉は、農産物、航空機、希土類、非敏感分野の取引など、何を買い、何を認めるかという管理貿易の色が濃かった。今回の7.5%案は、中国の輸出主導の生産構造そのものに価格を付ける発想に近い。
米通商代表部は2026年3月、製造業の構造的な過剰生産能力を対象に通商法301条調査を始めた。対象には中国だけでなく、EU、日本、韓国、インド、東南アジア諸国も含まれている。中国側は「過剰生産能力」という見方自体を保護主義だと反発しており、争点は一時的な輸出量から産業政策の正当性へ広がった。
動く変数は、関税率より輸入単価と企業マージンだ
関税は、税関で輸入業者の支払いになる。そこから先は一つの道ではない。小売価格へ転嫁する、輸入業者や小売業が利益率を削って吸収する、調達先を中国以外へ移す、契約価格を中国側に引き下げさせる。この四つが同時に起きる。
2025年の米国の対中財輸入は約3087億ドルだった。2026年1〜6月も約1293億ドルの輸入が続いている。仮に広い範囲の中国製品に7.5%が乗るなら、単純計算では年二百億ドル台の追加コストを生みうる。ただし実際の負担は、対象品目、免除、在庫、契約更新時期で大きく変わる。
米国の過去の関税局面では、価格への転嫁は一度に出るより数カ月かけて進みやすかった。中国製の消費財では小売価格、機械や電子部品では企業の原価、素材では在庫評価と販売価格に表れる。つまり、最初に悪化するのは消費者物価指数そのものではなく、企業の採算表である可能性が高い。
価格の通り道は、完成品、部品、第三国の三本に分かれる
完成品にかかる関税は、家電、家具、衣料、玩具、電子機器などの小売価格に向かう。家計から見れば値札の上昇だが、企業から見れば値上げに踏み切るか、販促費や粗利を削るかの選択になる。消費が弱い局面ほど、企業は価格転嫁を遅らせ、利益率が先に痛む。
部品や機械にかかる関税は、設備投資と雇用に遅れて効く。米国企業が中国製の部材、工具、電子部品、設備を使っている場合、コスト増は投資採算を悪くする。投資計画が後ろ倒しになれば、工場建設、物流、人員採用、信用需要にも波及する。銀行や社債市場では、関税そのものより利益率低下と借り換えコストが問題になる。
第三国への経路も大きい。米国市場で中国製品が入りにくくなると、中国の供給は欧州、東南アジア、日本を含む他市場へ向かいやすい。鉄鋼、太陽光、電池、化学品、機械などでは、米国内で価格が上がる一方、第三国市場では中国品の流入が価格を押し下げる可能性がある。関税は米国だけの物価問題ではなく、世界の販売価格と為替の問題になる。
米国は製造業を守れるが、家計と小売には時差の負担が来る
米政府にとって、追加関税は二つの意味を持つ。一つは中国の過剰生産に対する防波堤、もう一つは首脳会談前の交渉カードだ。財政面では関税収入が増えるが、家計の購買力を削れば政治的な負担も増える。
得をしやすいのは、米国内で中国製品と競合するメーカー、国内調達へ切り替えられる部材企業、関税を理由に価格を上げても需要を失いにくい企業だ。負担を負うのは、中国依存の輸入業者、価格転嫁しにくい小売、低所得層ほど比重が高い日用品を買う家計、短期間で調達先を変えられない製造業になる。
金融政策にも回り道で入ってくる。関税が財価格を押し上げれば、FRBはインフレの粘着性を軽く扱いにくくなる。逆に、企業が利益率で吸収すれば、物価より先に株式市場や信用市場が反応する。金利の方向を決めるのは関税率ではなく、家計物価と企業収益のどちらに負担が乗るかだ。
中国は報復だけでなく、輸出先と為替で耐える余地がある
中国側の制約は、国内需要が十分に強くないなかで、輸出を急に絞りにくいことだ。過剰生産能力を認めれば産業政策の誤りを認める形になり、全面報復に出れば首脳会談の成果を壊す。したがって、反応は関税、輸出管理、農産物購入、希土類、為替、第三国輸出の組み合わせになりやすい。
人民元安は中国企業のドル建て価格競争力を支えるが、米国から見れば追加関税の効果を薄める動きになる。為替が急に動けば、関税は輸入価格だけでなく通貨交渉の材料にもなる。ここで米国がさらに圧力を強めると、物価、金利、ドル、人民元が一つの政策パッケージとして市場に扱われる。
日本企業には、米国向け調達と第三国価格の二つの影が出る
日本への影響は、米国と中国の二国間に閉じない。中国工場から米国へ出す日本企業は、関税対象になる品目の確認、原産地規則、在庫の前倒し、メキシコや東南アジアへの移管を迫られる。コスト増を米国販売価格に転嫁できなければ、日本本社の利益にも返ってくる。
一方で、中国製品と競合する日本メーカーには追い風もあり得る。米国市場で中国品の価格優位が薄まれば、機械、部材、素材、設備の一部で受注機会が出る。ただし中国の供給が第三国へ流れれば、日本企業はアジアや欧州で価格下落圧力を受ける。米国市場だけを見た採算改善は、世界全体の販売価格で相殺されることがある。
分岐は、対象品目と9月会談とFRBの三点で決まる
第一のシナリオは、対象品目が限定され、企業が在庫とマージンで吸収するケースだ。この場合、物価への上振れは小さく、米中首脳会談で関税が交渉材料として処理される。株式市場は一時的な摩擦として消化しやすい。
第二のシナリオは、広い品目に関税がかかり、企業が価格転嫁と調達変更を同時に進めるケースだ。輸入単価、粗利率、設備投資計画、社債スプレッド、ドル人民元相場が連動し始める。景気への影響はGDP速報より、企業の見通し修正に先に出る。
第三のシナリオは、中国が報復や輸出管理で応じ、米国の対中制裁と中国の供給調整が重なるケースだ。素材や電子部品の供給不安が出れば、商品市況と企業の在庫積み増しが動く。9月15〜16日のFOMC、米国の輸入価格指数とCPI、米中首脳会談の共同発表、主要小売・製造業の業績見通しが、このニュースの意味を塗り替える数字になる。